【魂の巡礼2】台風が導いた浄化の旅。宮古島の風と神々に触れる

今回の宮古島への旅は、まさに嵐の予兆とともに始まりました。

当初予定していた日程の便は、猛烈な台風の影響でことごとく欠航。
私が予約した12日朝の直行便も、果たして飛ぶのかどうか分からないギリギリの状況でした。
早朝発に備えて前夜から羽田空港近くに泊まり込みましたが、胸を満たしていたのは不安と緊張感。

「本当に行けるのだろうか」という葛藤は、振り返ればこれまでの日常を脱ぎ捨て、未知の領域へ足を踏み入れるための最初の試練だったのかもしれません。

翌朝、奇跡的にカウンターが開き、朝7時の便は無事に離陸。雲を突き抜け、お昼過ぎには憧れの宮古島へと降り立ちました。

1, 空っぽの棚が教えてくれた、真の豊かさ

降り立った宮古島で私を待っていたのは、リゾートの華やかさではなく、自然の猛威が残した生々しい痕跡でした。

レンタカー事務所は停電で事務手続きが大混乱。
街へ出ても自動販売機は一機も動いておらず、東京で育った私にとって、それは想像を超える光景でした。


「まずは水を確保しなければ」と焦る思いで飛び込んだ一軒目のコンビニ。しかし、その扉の向こうにあったのは、まるで大震災の後のように空っぽになった棚でした。

何とか2軒目で数日分の水とバナナを手に入れたとき、店員さんが静かに語った言葉が胸に刺さります。

「台風の時には島外から来るものではないよ。水などは船で運ばれてくるけれど、船が止まっているからね」

現代社会がいかに「与えられる便利さ」の上に成り立っているかを突きつけられた瞬間でした。
当たり前に手に入る水ひとつに、これほど深く感謝したことがあったでしょうか。

思い通りにいかない旅の始まりの中で、私は余計な執着を手放し、「ただ与えられたものを受け入れる」という魂のチューニングを求められているのだと感じました。

遅めのランチでいただいた「アボカド・タコライス」の滋味が、疲れた身体にじわりと染み渡っていきました。

2, 土地の神々への挨拶と、力強い生命の根

お腹を満たした後は、まず島に受け入れていただくためのご挨拶として、「漲水御嶽(はりみずうたき)」へ向かいました。

多くの御嶽(うたき)が立ち入りを制限される中、ここは外から訪れる者にも開かれた大切な聖域です。
お参りをしようと賽銭箱へ近づくと、そこにはまるで聖域を守る主のように、圧倒的な風格を纏った老猫が鎮座していました。(おかげで、

敷地内にそびえる立派なガジュマルを見上げたとき、言葉を失いました。地表へ向かって力強く、逞しく根を伸ばしていくその姿。
荒天を生き抜いてきた植物の生命力に触れ、私の内側にある生命の根源が静かに共鳴するような感覚を覚えました。

続いて訪れたのは「人頭税石」です。
江戸時代には、薩摩藩の支配下となり、琉球王国は、財政補填のため宮古島、八重島に重税を貸しました。

人頭税の石柱 143センチ以上の男子には栗を、女子には宮古上布の納付が義務付けられたといいます。
この税は、300年も続㈽、世界で最も過酷な税といわれました。

私も実際みてあまりに小さい像にびっくり、今の感じでいうと小学生2,3年生くらい。
そのころから、税金を払わないといけないなんて、酷税ということが身に沁みました。

宮古島は川がなく、水が何よりも貴重だったこの島で、かつての人々はどれほどの苦難を背負って生き抜いてきたのかがわかるのは、「大和井」
この井戸は、伝承によれば、首里王府派遣の在番役人のみが使用していた井戸と言われます。

3, 時空を超えた墓標と、異界の気配

この歴史ロードの周辺は、江戸時代まで海だった場所を埋め立てた土地なのだそうです。

次に訪れた国指定重要文化財「仲宗根豊見親(なかそねとぅゆみゃ)の墓(ツンブン墓)」は、独特の石造り構造をしており、下部に空いた穴や階段状の意匠は、どこか古代エジプトのオシリス神の墓を思わせる不思議な気配を放っていました。

周辺には数々の墓や御嶽が静かに佇んでいます。宮古島には3,000近くの御嶽があると言われますが、それは観光地ではなく、今も生き続ける祈りの場。軽々しく足を踏み入れてはならない神聖な境界線が存在します。

さらに足を延ばして訪れた「与島の主(ゆすまのしゅ)の墓」は、島尻、大神、狩俣、池間の4つの聖域を見渡せる丘の上にありました。

古代から受け継がれてきた祖先崇拝の強い絆、そして「パーントゥ」に代表される、異界から訪れて厄を払う神々の信仰。夕暮れが迫る中、その丘に満ちていたのは、どこか美しくも恐ろしいような、人間を超えた存在への「畏怖の念」でした。

「これ以上は、踏み込んでいけない――」

直感的にそう感じた私は、静かに頭を下げ、その場所を後にしました。

4, 命をいただく夜、整っていく心と体

ホテルへ戻り、ホテルのパブ&トラットリアでいただいた夕食は、旅の緊張感を柔らかく解きほぐしてくれました。
工夫を凝らした枝豆

沖縄風チャーハン

海ブドウのサラダ 自家製のドレッシングがまたおいしい。

シェフ自ら付けた自家製ピクルス。

トリフ味のフライドポテト、これがまたおいしい。

シェフに勧められたハブ酒、ハーブで調合していて飲みやすい。
そして、身体に力を与えてくれ、一口含むと、熱いパワーが喉を通って身体の隅々へと巡っていくのが分かります。
まさに命の薬(ぬちぐすい)のような味わいでした。

5, 考察:吉野から宮古島へ――「水」が魅せた一連の啓示

今回の旅を終えて改めて振り返ると、すべては必然のステップだったのだと気づかされます。

実はこの宮古島を訪れる前、私は水神様を祀る吉野の丹生川上神社を参拝していました。そこは清らかな水がどこまでも溢れ、命の源としての「水の豊かな恵み」を全身で享受する場所でした。

そして次に導かれたのが、川がなく、常に水不足と隣り合わせの歴史を歩んできた宮古島。 さらには、その二つの地を繋ぐかのように直面した台風という荒々しい自然の力。

湧き出る水に満たされた聖地から、水に餓え、水を求めて生きてきた島へ――。 この対極にある二つの地を巡り、その間で台風の洗礼を受けたことは、ただの偶然ではなくひとつの大きな啓示だったのではないでしょうか。

6,「風」が循環させ、「水」が命を繋ぐ

台風とは、巨大な循環のエネルギーです。

猛烈な風と雨によって既存の滞りを強制的にリセットし、海や陸の生命を攪拌(かくはん)して新しい循環を生み出す「天の浄化」。

水にあふれた吉野で「命の源泉」を授かり、 台風の風と雨によって「魂の浄化とリセット」を受け、 水の大切さを知る宮古島で「命の重みと感謝」を深く胸に刻む。

コンビニの棚から水が消え、一本のボトルを前に祈るような気持ちになったとき、私は吉野で見た豊かな水の記憶と宮古島の切実な歴史が、自分の中で一本の線で繋がるのを感じました。

水は、当たり前にあるものではなく、生かされていることそのもの。

旅の途中で目にしたガジュマルの力強い根、古代から続く御嶽の静けさ、そして命を養う手料理とハブ酒。それらすべてが、台風という境界線を越えたからこそ出逢えた「魂の答え」でした。

日常の利便性の中に埋もれていた感覚を呼び覚まし、自然の巡りと調和して生きること。 吉野から宮古島へと移り変わる命の水脈を巡る旅は、私自身の内側を清め、新たな循環へと歩み出すための聖なるプロセスだったのです。

台風という波乱から始まった今回の宮古島滞在。

それは一見するとトラブルのように見えて、実は私自身の中にあった日常の垢を削ぎ落とし、土地の歴史、自然の力、そして目に見えない神々の気配を純粋に受け取るための「魂の必然」だったのだと感じます。

大自然と先人たちの祈りに生かされていることへの感謝を胸に、静かで満ち足りた夜が更けていきました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次