
高幡不動尊とは
先日、東京都日野市にある高幡不動尊へお参りしてきました。
正式名称は「高幡山明王院金剛寺」。
真言宗智山派の別格本山であり、成田山新勝寺、大山寺と並び「関東三大不動」の一つに数えられる名刹です。
実は、私がこの高幡不動尊の地を踏んだのは5月23日のこと。
この日付には、のちに気づくことになる、ある不思議な「時空を超えたシンクロニシティ」が隠されていました。
1,3月23日と5月23日:エジプト・カルナック神殿から繋がる数奇な糸
高幡不動尊へお参りした後、同行していた先生から「高幡不動尊の構造は、エジプトのカルナック神殿にとてもよく似ている」というお話を伺いました。
その言葉にハッとさせられた私は、ある重大な事実に気がついたのです。
今年、私はエジプトへの深い精神世界の旅(リトリート)を終えて帰国したばかりだったのですが、あろうことか、あの壮大な「カルナック神殿」についてのブログをまだ書いていませんでした。
さらに手帳を見返して、鳥肌が立ちました。
私がエジプトでカルナック神殿の地を踏み、その圧倒的なエネルギーに触れたのは3月23日。そして、この高幡不動尊を訪れたのが、ちょうど2ヶ月後の5月23日だったのです。
「3月23日」と「5月23日」。
エジプトと日本。国も宗教も違えど、底流で流れる精神の構造は繋がっている。
「カルナック神殿での体験と思想を自分の中でしっかりと咀嚼し、ブログに紡がない限り、この高幡不動尊のストーリーもまた、真の意味では書き進められない(紐解かれない)ようになっていたのだ」と、時空の采配に深い畏敬の念を抱きました。
このブログは、エジプトから日本の不動尊へと美しく繋がった、私の魂の巡礼記録でもあります。
2,1100年の歴史を刻む、慈覚大師円仁の開山と時を超えた「ご縁」
高幡不動尊の始まりは、今からおよそ1100年前の平安時代初期にまで遡ります。
清和天皇の勅願を受けた慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が、関東鎮護の霊場として山中に不動堂を建立し、不動明王を安置したのが始まりとされています。

実は私、20年ほど前に「慈覚大師円仁」のご縁について深く学ぶ機会がありました。
その際、北関東は明智光秀の再来とも言われる天海大僧正の生誕地でもあり、風水的に霊山が多く名僧が生まれる地域なのだと聞いたことがあります。
時を経て、エジプトのエネルギーを纏った状態で、再び円仁ゆかりの地を訪れることができたことに、単なる偶然ではない宿命的な縁(えにし)を感じずにはいられませんでした。
3,不可思議な「撮影禁止」の啓示?
しかし、参拝にあたって少し不思議な、というより焦る出来事がありました。
ブログ用にたくさん写真を撮ろうと、前夜からiPhoneをフル充電していたはずが、なぜか画面を見ると全く充電できていないのです。
慌てて駅の売店に駆け込み、乾電池式の充電器を購入したものの、なぜかそれも反応しません。さらに別の充電器に交換してもらっても、やはり充電ができないのです……。
「今日は写真を撮るな。ファインダー越しではなく、その五感と心にすべてを刻みなさい」
そんな天からの戒め(あるいは歓迎のサイン)かもしれないと思い、私はスマホで撮影することをすっぱりと断念しました。
(※この記事で使用している美しい写真は、すべて同行した先生からお借りしたものです。感謝いたします!)
4,「火」のエネルギーに触れる:焼肉から護摩、そして煩悩即菩提の教えへ
高幡不動駅に降り立つと、参道には活気ある門前町が広がり、駅からすぐの近さに驚きました。
まずは本番に向けて景気づけにと、駅前の「焼肉モランボン」で焼肉定食をいただくことに。

今回の参拝の裏テーマは「火」。
護摩の火を体験する前に、まずは焼肉の火でエネルギーをチャージするという、完璧なチョイスです。
お腹を満たしていよいよ境内へ。高幡不動尊の象徴といえば、何といっても「護摩(ごま)」の儀式です。
護摩のルーツは、古代インドの火の神「アグニ」に供物を捧げる儀式(ホーマ)にあります。
密教では、実際に目の前で火を焚く「外護摩(げごま)」と、それを通じて自らの心の中に智慧の火を燃やす「内護摩(ないごま)」の二重構造で修行を体系化しています。
お堂に響き渡る太鼓の音は、身が痺れるほどの力強さ。燃え盛る炎を前に、ご説法で特に心に響いたのが「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という教えでした。
私たちは、強い欲望や激しい感情といった「煩悩」を、消すべき悪と考えがちです。
しかし天台宗や真言密教の思想では、煩悩を否定しません。
それどころか、煩悩こそが悟り(菩提)へと向かうための凄まじい生命エネルギーそのものであり、その火を用いて智慧へと転換(シフト)させていくのだと説きます。
幾多の火災や戦乱を乗り越え、江戸時代には「火伏せの不動尊」として信仰を集めたこの地だからこそ、その言葉は圧倒的な説得力を持って胸に迫ってきました。
4,【核心】不動明王と二童子:光と影を内包する「究極の自己統合」
参拝のハイライトは、奥殿に安置されている重要文化財「丈六不動三尊像」との対面でした。平安後期に遡る、圧巻の木造彫刻です。
激しい炎を背に堂々と鎮座する不動明王。その両脇には、一対の従者が控えています。
穏やかで従順な表情をした「矜羯羅(こんがら)童子」と、 怒りをあらわにし、今にも飛びかかりそうな「制吒迦(せいたか)童子」です。
矜羯羅が「静」や「光」を象徴するならば、制吒迦は「動」や「影(闇)」を象徴しています。
私たちが生きるこの世界は、常にポジティブとネガティブ、光と闇といった二項対立で溢れています。そして私たちは、ついつい「光」だけを良しとし、「闇」を排除しようともがいてしまいます。
しかし、不動明王の姿を見てハッとさせられました。
不動明王は、「静」の性質も「動」の性質も、どちらも否定せず、どちらにも偏らず、その両方を従えて中心にどっしりと座っているのです。
これこそが、私たちが目指すべき「究極の自己統合」であり、すべての二元性を包み込んで超越する【エンライト(目覚め)の精神】そのものではないでしょうか。光も影も、すべて自分を構成する大切なエネルギー。どちらもあっていいのだと、不動明王の姿が優しく、力強く教えてくれているようでした。
5,裏山巡礼:金剛界と胎蔵界の融合、そして古代エジプトとの邂逅
深い気づきを得た後、不動尊の裏山にある「山内八十八ヶ所巡礼」の道へ。標高130メートルの自然豊かな山道を歩きながら、四国の砂を踏むことで巡礼と同じ功徳が得られる「お砂踏み」を体験しました。
密教には、知恵と論理を表す「金剛界(こんごうかい)」と、慈悲と母性を表す「胎蔵界(たいぞうかい)」という2つの曼荼羅があります。これらは別々のものではなく、本来は一体であるという「理智不二(りちふじ)」の教えがあります。
アップダウンのある山道を一歩一歩進み、地形を通じて「体(肉体)」と「意識(精神)」を調和させていく感覚は、まさにその教えを自らの身体で体現する修行のようでした。

そしてここで、冒頭でお話しした「カルナック神殿との構造の類似性」が深く腑に落ちてきます。
カルナック神殿もまた、光と影、現世とあの世、そして神聖なエネルギーの通り道を計算し尽くして配置された、壮大な「至高の曼荼羅」でした。
日本の密教が持つ「理智不二」のダイナミズムと、数千年前の古代エジプトの神殿構造が持っていた精神性が、私の頭の中でピタリと重なり、融合していくのを感じました。
6,参拝を終えて:八王子のラーメンで癒やされる
深い精神世界への旅を終えた後は、参道の茶店でずんだあんを載せたお団子とコーヒーを一服。張り詰めていた心が心地よく緩んでいきます。

旅の締めくくりは、少し足を伸ばして八王子へ。行列のできる人気の八王子ラーメンの店へ向かいました。

常連さんたちが、薄切りのチャーシューをご飯に乗せ、マヨネーズをかけて美味しそうに食べているスタイルを発見。今回はお腹いっぱいで断念しましたが、次回はぜひ挑戦してみたいと思います(これもまた、私の次なるモチベーションという名の「煩悩」ですね笑)。
一日を通して「火」のエネルギーにどっぷりと浸かり、スマホが使えなかったからこそ、目の前の景色や教えを限界まで純度高く吸収することができました。
私たちの内側にある、光と影、静けさと激しさ。
そのすべてを否定せず、丸ごと抱きしめて「自己統合」していく。そんなエンライトへの第一歩を踏み出せる、大変有意義な参拝となりました。
3月23日のエジプトが、5月23日の高幡不動尊へと私を導いてくれたように、皆さんの歩みにもきっと、目に見えない美しい繋がりが存在しています。
みなさんも、最近自分の「影」を嫌っていませんか?
それすらもエネルギーに変えてしまう不動尊の智慧に触れに、ぜひ高幡不動尊を訪れてみてください。
